【壊憲・改憲ウォッチ(55)】「基本的人権の尊重」「国民主権」と相容れない「スパイ防止法」
飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)
【1】 はじめに
『産経新聞』2025年7月22日付〔電子版〕は、「参院選で『スパイ防止法』の制定を主張した国民民主党と参政党が躍進したことで、同法の制定が現実味を帯びてきた。自民党や日本維新の会も前向きな見解を示している」と記しています。
岸信介首相から安倍晋三首相まで、50年以上も自民党と密接な関係を持ち続けた「統一協会」も、「スパイ防止法」が必要と主張し続けてきました。
スパイ防止法で監視されるのは「スパイ」だけと思われるかもしれません。
しかし「スパイ」でない多くの国民が監視と排除の対象にされる危険性があります。
【2】多くの国民が監視対象
スパイかどうかを判別するためには、多くの国民を長期間、監視・調査する必要があります。
たとえば自民党は「土地等監視及び利用規制法」の国会審議で以下の主張をしていました。
「婚姻によって外国人配偶者が永住権の取得を申請する際に、婚姻の実態を調査するため、近隣住民への聞き込みなども含め、長期間に及び調査が行われる国は少なくありません」(2021年5月21日衆議院内閣委員会での杉田水脈議員発言)。
こうした発想なら、国際結婚した夫婦や家族、その家族と交流がある人たちも「監視」「調査」対象とされる可能性があります。
「他人名義」で土地を借りる「ダミー」の可能性があるとも政府は発言しています(2021年5月21日衆議院内閣委員会での木村聡内閣官房内閣審議官発言)。
日本人が家を借りる際にも「ダミー」が疑われて監視・調査される危険性があります。
外国に頻繁に行く人、外国人の友人がいる人、外国人を相手に商売をしている人なども「スパイ」を疑われて長い間、国から監視・調査される可能性があります。
「国民監視」と言えば、2007年に陸上自衛隊の「情報保全隊」の国民監視が問題になりました。
「情報保全隊」は大学に入り込んで学生を監視したり、22人しかいない会議に入り込み、一人ひとりの発言を記録していました。
消費税廃止や年金制度改悪に反対する人たちすら、「情報保全隊」は監視していました。
こうした国民監視を自民党・公明党政府は擁護してきました。
【3】政治を批判すると「反日」?
たとえば2021年の東京オリンピック開催に反対する人たちを安倍首相は「反日」とレッテル張りをしました。
コロナ感染拡大が怖いと考え、あるいは学校で運動会ができない状況でのオリンピック開催に反対しただけの国民に対し、安倍首相は「反日」とレッテル張りをしました。
2025年7月18日、岐阜市内で選挙の応援演説の際、参政党の外国人政策を批判する人たちに関して、参政党神谷代表は「反日の日本人と戦っている」と発言しました。
同じく7月18日、参議院選挙の演説で参政党候補者の初鹿野裕樹氏は川崎駅前で、参政党に抗議する人たちを「非国民」と批判しました。
神谷代表をはじめ、参政党は自分たちを批判する人たちを「反日」「非国民」と批判します。
【4】政治家が気に入らない人たちも「スパイ」?
政治家が気に入らない人たちも「スパイ防止法」の対象とされます。
7月14日、参政党神谷代表は松山市での街頭演説で、公務員を対象に「極端な思想の人たちは辞めてもらわないといけない。これを洗い出すのがスパイ防止法です」と述べています。
発言は以下になります(『毎日新聞』2025年7月17日付電子版)
「自民党がもうアメリカの民主党みたいになっているんですよ。だから全然自民党がトランプ政権とうまくいかないでしょ。関税交渉もいかないでしょ。それは官僚ですよ。官僚、公務員。そういった極左の考え方を持った人たちが浸透工作で社会の中枢にがっぷり入っていると思うんですよ、ね。これをね、洗い出して、ね、極端な思想の人たちは辞めてもらわないといけないと思います、私は。これをね、洗い出すのがスパイ防止法です」。
トランプ大統領との関税交渉がうまくいかないのは官僚や公務員に「極左」がいるからだと参政党神谷代表は述べています。
そう思いますか?
そして参政党神谷代表の発言によれば、官僚や公務員で「極端な思想の人たち」を「洗い出」し、「辞めさせる」ために使われるのが「スパイ防止法」です。
こうした考えでは、政治家が気に入らない人たちも「スパイ」とされる危険性もあります。
【5】 スパイ防止法と憲法
『東京新聞』2025年7月24日付で指摘しましたが、スパイ防止法は「個人の尊厳」や「幸福追求権」(憲法13条)を侵害します。
さらには国民の政治参加を制約し、ひいては憲法の基本原理である「国民主権」(前文、1条)を損なう危険性があります。
(1)「個人の尊厳」(憲法13条)を侵害
自分が「スパイ」であると疑われて国から監視・調査の対象とされたことで心が傷つけられたり、国から疑われたということが近隣住民に知られて差別などの対象となれば、「個人の尊厳」(憲法13条)が侵害されたことになります。
実際、「ビキニ事件」(1954年)の際、アメリカ上院のコール原子力委員長、下院のストローズ原子力院長が第五福竜丸の乗組員をスパイ扱いしました。
岡崎勝男外務大臣も国会で第5福竜丸の乗組員をスパイ視する発言をしました。
CIA(アメリカ中央情報局)や日本の公安調査庁は第5福竜丸の乗組員や家族の身元調査をはじめました。
「スパイ」を疑われたことも一因で、第五福竜丸の乗組員は近隣住民からも疑惑をもたれ、差別の対象とされました。
(2)「幸福追求権」(憲法13条)を制約する「スパイ防止法」
国から監視・調査されれば、行動を制限したり、電話等での連絡も「盗聴」等を警戒して控える人が出ます。
そうなれば、個人が自由に活動することを認める「幸福追求権」(憲法13条)を正当な理由なく制限する事態をもたらします。
(3)国民主権を損ねる「スパイ防止法」
政治や政府を批判したことで「反日」認定され、スパイを疑われて調査や監視の対象となると分かれば政府・政治批判を控える人も出ます。
政府の国民監視は、国民に政治的言動を抑制させる「萎縮効果」をもたらします。
国民が国政等に関して自由かつ十分な議論ができなければ、真の「国民主権」は実現されません。
日本国憲法の基本原理である「国民主権」を明記せずに「国家主権」を明記した以上、「参政党新日本憲法構想案」は「国民主権」を放棄して「国家主権」を日本の基本原理としたことになります。
そして参政党が主張する「スパイ防止法制定」も、国民の自由な政治的意見の交流を阻害し、「国民主権」を損ねるものになります。
【6】「基本的人権の尊重」「国民主権」とは相容れない「スパイ防止法」に反対
安倍晋三首相や参政党神谷代表は、自分たちに反対する人や気に入らない人たちを「反日」とレッテルを張っています。
官僚から「極左」を排除するために「スパイ防止法」を制定するとも神谷代表は言っています。
政治家が気に入らない国民を監視・排除できる国では、人びとの「幸福追求権」は実現されません。
国民主権国家では、主権者である国民には当然、政治のあり方を批判する権利が認められます。
主権者である国民が政治批判をしたことで、権力者から監視・排除されるのでは「国民主権国家」とは言えません。
「基本的人権」「国民主権」を擁護する立場からは、権力者による監視社会を実現させ、国民主権を空洞化する危険性があるスパイ防止法を認めることはできません。