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改憲発議をどう考えるか

2021年11月24日

戦争をさせない1000人委員会事務局次長の飯島滋明さん(名古屋学院大学教授)より、活発化している改憲にむけた動きについて、論考を寄せていただきました。

改憲発議をどう考えるか

飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)

1.活発化する「憲法改正」の主張

2021年10月31日の衆議院選挙後、自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党は「憲法改正」の動きを活発化させています。

2021年11月2日、松井一郎日本維新の会代表は、「来年の参院選挙までに〔憲法〕改正案を固め、参院選と同時に国民投票を実施すべきだ」と発言しました。11月7日、フジテレビ系『日曜報道 THE PRIME』で、吉村洋文日本維新の会副代表は、「維新の会は改憲勢力だ。自民党は憲法改正を党是といいながら、実は一部の保守層のガス抜きのためにやっているようなもの。本気で憲法改正をやろうと思っていない。自民党のやるやる詐欺に付き合うつもりはない」と発言しました。玉木雄一郎国民民主党代表も、「自民党は本当にやる気があるのかと思うことが多々ある」、「憲法審査会は毎週開いたらいい。われわれは議論するために歳費をいただいている」と発言しました。11月20日、岸田首相も自民党の「憲法改正推進本部」を「憲法改正実現本部」に変え、憲法改正を目指す動きを見せています。

2.憲法改正国民投票の問題

(1)法改正をしなければ許されない「改憲発議」
まず、「憲法改正国民投票法」が今のままでは「公正公平」な国民投票になりません。今の法では、お金のある人たちはお金を使ってたくさんテレビCMやインターネット広告を流し、多くの人たちに影響を与えることができます。一方、経済力のない人たちはそうした手段がありません。これでは不公平です。テレビCMやインターネット広告への規制をしなければ、「金で買われた憲法改正」となりかねません。

2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU離脱の国民投票でも問題となりましたが、「外国資本」を規制しなければ、国民投票が外国の影響を受ける可能性もあります。憲法改正が外国の影響を受けるようでは、国のあり方を最終的に決めるのは国民という「国民主権」が実現されたとは言えません。外国資本を規制しなければ、「外国資本に買われた憲法改正」になりかねません。
デマに関する規制もなしに国民投票が行われれば、「デマから生まれた憲法改正」になりかねません。

外国にいる日本人は今の制度では2%程度しか(事実上)投票できません。

体が不自由な人たちが投票できる環境も十分整備されていません。

これらの問題を解決するための法改正がされなければ「公正公平」な国民投票にならず、「国民主権」からは問題です。

2021年6月に改正された「憲法改正国民投票法」の附則4条では、これらの問題について3年を目途に必要な法制上の措置を講ずるとされました。これらの問題を解決する法改正がなされない限り、「公平及び公正」な国民投票は実現できないので、憲法改正国民投票は法的に許されません。

(2)不適切な「改憲発議」
そして今の状況を考えると、「憲法改正」は政治的にも適切ではありません。憲法改正国民投票には総務省の試算でも約850億円もかかります。それだけの費用をかけるのであれば、コロナ感染のために大変な状況にある「市民」のために使うべきではないでしょうか。

コロナ感染拡大で失業者も増えました。失業者が増えると自殺者も増えます。実際、2020年の自殺者は11年ぶりに増加に転じ、特に女性の自殺者は15%も増加しています。経済的に困難な状況にあるため、高校や大学への進学を断念せざるを得ない生徒、大学を辞めざるを得ない学生もいます。

憲法改正に850億円かけるよりも、そうした困難な状況にある市民に850億円を使うべきではないでしょうか。

3.憲法改正項目の問題点

私たち憲法学者は、市民の幸福な生活に必要だと考えれば憲法改正には反対しません。しかし、たとえば自民党などが主張する改憲項目は無駄、あるいは危険だから反対するのです。

まずは自衛隊の憲法明記の憲法改正の主張ですが、ここでは理由を述べずに結論だけ言いますと、政府の判断によって世界中で戦うことが自衛隊の任務になります。テレビに出てくる(元)幹部自衛官は戦場に行かないので、自衛隊明記の憲法改正に賛成します。一方、実際に戦場に行かされる一般自衛官の多くは「自衛隊明記の憲法改正」に反対しています。こんな憲法改正に賛成しても良いのでしょうか。

自民党はその他にも「緊急事態条項」「教育の無償化・充実化」「参議院の合区解消」のための憲法改正を主張します。本当に「教育の無償化等」「参議院の合区解消」をするのであれば、憲法改正ではなく法律の制定や改正で対応できます。本当に「教育の無償化・充実化」などを実現するのであれば、まずは法律を制定・改正して「教育の無償化・充実化」「参議院の合区解消」を実施すべきです。850億円もかけて憲法改正国民投票を行うのは税金の無駄です。

さらに自民党や日本維新の会などは、自然災害やコロナ感染への対応を口実に「緊急事態条項」の導入を主張します。自然災害には「災害対策基本法」等で対応できます。憲法改正の必要はありません。コロナ対策を口実として「緊急事態条項」を導入する憲法改正も主張されています。ドイツやフランスには憲法(ドイツは「基本法」)に「緊急事態条項」がありますが、危険だとしてドイツのメルケル首相やフランスのマクロン大統領は「緊急事態条項」を発動せず、法律で対応しました。

有事の際には法を守らなくても良いと事前に認める法が「緊急事態条項」と言われます。ヒトラーは「緊急事態条項」を用いて市民を弾圧し、独裁体制を強化しました。フランスでも1961年のアルジェリア危機の際に「緊急事態条項」が発動されましたが、警察により48名以上の市民が虐殺されました。第二次世界大戦後のフランスですらこうした事態が生じるのです。「緊急事態条項」は政府による市民弾圧などをもたらす危険性もあります。

4.おわりに

以上、憲法改正国民投票と改憲項目の問題を紹介しました。自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党は憲法改正にむけて活動する姿勢を見せています。しかし、憲法改正国民投票法を改正しなければ「公平公正」な国民投票は実現できず、「国民主権」からは正当化できません。今のままでは法的に「憲法改正国民投票」は許されません。

さらに憲法改正国民投票に850億円もかけなくても「教育の無償化・充実化」や「合区解消」は実現できます。コロナ対策や自然災害にも法令で対応できます。憲法改正は850億円の無駄です。世界中で戦争できる国になるための「自衛隊明記の憲法改正」には決して賛成できません。
私たち市民の意思は決して無力ではありません。2020年5月には、政治家が犯罪を犯しても裁かれない可能性を生じさせる「改正検察庁法案」を廃案に追い込んだり、菅氏の自民党総裁選への出馬を阻止したのは私たち主権者の意思表示の結果です。

850億円もの費用をかけて憲法改正をする必要はない、そのお金はコロナや自然災害で困っている市民のために使うべきだ、さらには世界中で戦争できる国になるための憲法改正などは決して認められないとの主権者の声を大きくする必要があります。そして「市民のための政治」をせず、憲法改正に夢中な政治家たちを、たとえば2022年の参議院選挙で落選させることも大切です。