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【壊憲・改憲ウォッチ(52)】緊急事態条項に関する中山義隆前石垣市長発言に対して

2025年7月3日

飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)

【1】緊急事態条項に関する中山義隆前石垣市長の発言

2025年5月3日、鹿児島で実施された「美しい日本の憲法をつくる鹿児島県民の会」のフォーラムに石垣市の中山義隆市長〔当時〕が参加し、講演しました。

中山義隆石垣市長〔当時〕についてはテレビで以下のように報じられています(MBC南日本放送「5月3日 憲法記念日 護憲派・改憲派が集会『簡単に変えてはいけない』『実用性のあるものに』」)。

「『美しい日本の憲法をつくる鹿児島県民の会』が開いた集会にはおよそ250人が参加し、沖縄県・石垣市の中山義隆市長らが講演しました。
尖閣諸島周辺の中国船の領海侵入や台湾有事への備えを踏まえ、離島防衛の観点から武力攻撃や災害時の緊急事態条項などの憲法改正が必要と話しました」。

テレビでは中山義隆前石垣市長の発言が映像で報じられていますが、「緊急事態条項」が何か、中山氏は分かっていないと感じました。

そのことを指摘した記事が『八重山毎日新聞』2025年6月27日付に掲載されました。

この記事に対して中山前石垣市長は「さあ始まりました…プロパガンダ!」「そもそも私が言っていないことばかりで中山市長の緊急事態条項導入「危険」のウソ見出しで報じるな! この文〔飯島談話(筆者注)〕で私が話した事実はマーカー部分だけ」とXで発信しています

この中山氏のXを受け、中山前石垣市長を擁護するXの発信も出されています。

中山氏のXでの発言を見て、彼は物事の本質が分かっていない、あるいは意図的に論点をずらしていると感じました。

中山氏の緊急事態条項論や中山氏擁護の発言の危険性を社会に提起することは憲法研究者としての社会的役割だと考えています。

そこで中山前石垣市長の発言などの問題点を指摘します。

【2】緊急事態(条項)に関する中谷元防衛大臣や自民党新藤義孝元経済再生担当大臣の発言

中山氏の発言の問題点を明らかにするため、いまの防衛大臣中谷元自民党議員や自民党新藤義孝元憲法審査会与党筆頭幹事の発言を紹介します。

(1)中谷防衛大臣発言

中谷元防衛大臣はHPの記事「真の国家緊急事態とは何か」(2020年4月20日付)で以下のように述べています。

「緊急事態とは、緊急事態の宣言によって、国内の法律を停止し、国家元首に権限をもたせて、国家が国民を守るために、罰則をもって行動を規制し、統制することを可能とする規定です」。

緊急事態条項がいまの日本国憲法に導入されなかった事情について、中谷元防衛大臣は以下のように述べています。

「それは戦前の国民総動員法によって、言論や思想の自由が奪われ、人権や生存権が制限された歴史があるからです」

国家総動員法について中谷防衛大臣は以下のように紹介しています。

「1938年(昭和13年)8月には、我が国において、国家総動員法が制定され、大東亜戦争(日中戦争)の長期化による総力戦の遂行のため国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できる(総動員)旨を規定され、労働者の雇用、解雇、賃金、労働時間などが統制され、物資動員計画で重要物資は軍需、官需、輸出需要、民需と区別して配当され、軍需が優先され、民需は最低限まで切り詰められたことがあります」。

(2)2022年3月31日衆議院憲法審査会での新藤義孝与党筆頭幹事(自民党)発言

新藤義孝自民党議員も「平時と違う自由や財産の制限が必要な場合も考えられる」と発言し、改憲による改憲による緊急事態条項導入が必要と主張しています。

(3)中谷防衛大臣や新藤元経済再生担当大臣の発言も「プロパガンダ」「ウソ」?

以上、中谷防衛大臣や新藤元経済再生担当大臣の発言を紹介しました。

緊急事態条項についての認識は中谷防衛大臣や新藤元経産大臣と私の認識は一緒です。

戦前の国家総動員法に関する認識も中谷防衛大臣と私はほぼ一緒です。

2022 年3 月 、衆議院憲法審査会事務局が衆議院憲法審査会での議論のために作成した「『緊急事態』等に関する資料(衆憲資第98号)」でも、「戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治 機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、 国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限」を憲法に明記したものが「憲法上の緊急事態条項」とされています(2ページ)。

中山義隆前石垣市長は私の発言を「プロパガンダ」「ウソ」と言っていますが、いまの防衛大臣である中谷衆議院議員や新藤義孝氏の発言も「プロパガンダ」「ウソ」というのでしょうか?

【3】中山前石垣市長や支援者に対して

樋口陽一東京大学名誉教授が指摘するように、「緊急事態条項」とは「法を無視することを予め認める法」です。

憲法を無視して補償なしに財産を取り上げたり、人びとを強制的に移動させることを可能にします。

緊急事態条項導入の改憲を主張するのであれば、中山前石垣市長にはそのつもりがなくても、市民を強制的に移動させたり、農業被害の補償もしなくて済む危険性があると憲法研究者として指摘しました。

中谷防衛大臣が「国家総動員法」に言及しているように、歴史的にも国家総動員法に基づいて強制的に労働に従事させられたり、国から取り上げられた物資に補償はされませんでした。

中山義隆前石垣市長のコメントを見て「子どもっぽい」といったコメントも私に寄せられました。

国家総動員法などの歴史的事実や衆議院の憲法審査会の議論などを踏まえた私の発言に対し、中山義隆前石垣市長が単に「ウソ」「プロパガンダ」というだけでは悪質な「レッテル張り」であり、政治家としてとるべき態度ではありません。

私の発言が「ウソ」「プロパガンダ」というのであれば具体的に論証した上で批判すべきです。

2024年11月の兵庫県知事選挙でも明らかなように、それこそ根拠のない「レッテル張り」「プロパガンダ」を発する、一部のSNSの発信も「民主主義」を掘り崩します。

【4】憲法尊重擁護義務(憲法99条)から許されるか

そもそも中山義隆前石垣市長の言動は憲法99条との関係でも問題です。

憲法99条では市長にも「憲法尊重擁護義務」が課されています。

にもかかわらず中山義隆前石垣市長は「美しい日本の憲法をつくる鹿児島県民の会」という改憲を目的とする集会に参加し、発言しました。

憲法擁護義務を課された市長が改憲を目的とする集会に参加し、改憲を主張することが憲法99条で許されるのか。政治家である以上、説明責任を果たすべきです。